【訪問国16:ドイツ】海外赴任 / 長女の大反対
海外赴任あるある として家族に帯同を反対される場合があります。僕も長い道のりを経て海外赴任が決まった時は浮かれていましたが、長女の大反対にあい出国までとても苦労することとなりました。ここでは、家族に帯同を反対された際のやりとりや渡独後の経験について記載しています。
- 「来週から3ヶ月間ドイツに飛んでくれ」から始まった海外赴任
- 「私は絶対行かない。パパ一人で行って。」by 長女
- 「それって『誘拐』って言うんだと思うよ。」by 長女
- ドイツの日本人学校で元気に過ごす長女
- 最後に:子供に海外赴任に反対された際に取るべき行動
「来週から3ヶ月間ドイツに飛んでくれ」から始まった海外赴任
上司から突然そう告げられ「海外で事業したいって言うてたやん。ちょっとややこしい状況やけどお前ならこれできるやろと思て。」との説明。僕は会社では投資プロジェクトを主管するコーポレートサイドでしたが、実はずっと「海外事業に行きたい」と言っていたのを上司が叶えてくれたのでした。
それからすぐにドイツに飛び、オンラインでコーポレート業務を後任に引き継ぎつつ、新たな現地業務をこなす毎日で多忙を極めることとなります。結局 3ヶ月どころか半年間程度、7割近くをドイツで過ごすこととなりました。その後、現地経営陣の信頼を勝ち得て(?)、念願だった家族帯同での海外赴任が決まったのでした。
「私は絶対行かない。パパ一人で行って。」by 長女
浮かれていたのも束の間、どうしてもクリアしないといけない問題がありました。それは長女に海外引っ越しの理解を得ることです。
当時長女は小学校6年生。出張でドイツ・日本間を行き来していた半年間も「たぶんドイツに引っ越すことになるからね」と言って地ならしをしていたつもりでしたが、本決まりとなって話してからは「私は行かないからパパ一人で行って」と聞く耳を持ちません🙀
最後の長期出張にでる前には話をつけておかないと、と覚悟を決めて話を始めたのですが、結局、夜10時から朝6時までお互い泣きながら話し合う8時間耐久コースとなりました💧
娘の主張はただ一点。
- 友達とこれから作る思い出を奪わないで
我が子ながら、長女は誰とでも仲が良く、友達を大切にする明るく優しい子。友達との関係や時間を大切にしたい、それを失うことは考えられない、という強い思いがありました。
一方、僕も昔から強い思いで家族帯同での海外赴任を願い、活動してきているのです。
しかし、以下のようなことを伝えても、彼女には一向に刺さる気配がありません。
- 君にはまだ見えていないが世界は広くていろんな人がいる。それを肌で感じて自身の将来を考える機会としてほしい。
- 海外での経験というのは誰でも得られる機会ではなく貴重なもの。日本の友達を失うわけではなく、ドイツで中学校3年間を過ごして、また元の生活に戻るんだ。
長女に訴え続けられました。
- ・・・なんのために海外に行くのかがわからない。なぜ家族を連れていくのか。なぜ今なのか。高校や大学に入ってから自分の意思で行くのではダメなのか。どうして私だけみんなと同じ中学校に上がれないのか。どうして今が大事だと言っているのにわかってくれないのか。私は絶対に行かない。パパ一人で行って。・・・
一つ一つ丁寧に僕の考えを伝えていったつもりですが、全く伝わる気配はありません。この頃にはお互い涙で顔がくしゃくしゃになっていました・・・
「それって『誘拐』って言うんだと思うよ。」by 長女
空が白んできても状況は全く変わりません。僕は家族全員の将来を考え、連れて行かない選択肢は考えられませんでした。これは昔から幾度も考えてきたことなのです。
一方、娘の年代の子にとって3年間はとてつもなく長い期間。この期間を大切な友達と離れることが考えられないというのも理解できます。
この頃にはお互い思考も停止していましたが、最終的に僕が伝えたのは以下でした。
- 1年間ドイツで暮らしてみて、どうしても嫌だったら一人で祖父母の家に帰ってきてみんなと同じ中学校に通ってもいい。
- でも最初からこの機会を捨ててチャレンジしないことは、申し訳ないけど認められないよ。
長女からは、元気なく次のように呟かれました。
- それって「誘拐」って言うんだと思うよ。
「もう寝ようか・・・。」僕はそう言い、家族会議を終わりにしたのでした。
(その場では納得してもらえませんでしたが、「僕がどれがけ真剣にあの子の将来を考えているのかということは伝わったと思うよ」と後から妻には言われ、少し救われました・・・)
その後、あえてこの話題には触れず、たまに長女に「私は行かないからね」と呟かれても特に深入りせず淡々と引っ越しの準備・手続きを進めます。
引っ越しまで1週間となったタイミングで小学校の卒業式がありました。そこで長女は、友達に囲まれ「ドイツに行ってもLINEで繋がるしね、また戻ってきたら遊ぼうね」等と送られていたこともあって、覚悟ができてきたようでした。
僕は、フライトに乗り込むギリギリで、また長女が行かないと騒ぎ出すんじゃないかと内心ビクビクしてましたが、大きな問題なく離陸することができたのでした。
ドイツの日本人学校で元気に過ごす長女
今、長女は日本人学校・中学部に通っています。根が明るいので友達もすぐできて基本的には楽しく生活していますが、やはり日本が恋しいようなので、年に一度は帰して日本の友達とも思いっきり遊ばせると決め、そう運用しています。(今はコロナ2週間隔離のため帰国難民で帰国できず可哀想ではありますが・・・)
日本人学校といってもいろんな子がいます。ハーフの子もいれば、国籍が台湾で日本語を話す子もいます。海外を転々としていて英語が流暢な子もいれば、ずっとドイツ現地校で育って来てドイツ語が流暢な子もいます。
毎年中学を卒業する子の半分は現地のインターナショナルスクール高校部に行き、残り半分は帰国枠などを使って日本国内の高校に入学します。
ドイツ語クラスも必修だったり、文化祭はドイツ語での発表だったり、特定のドイツ現地校とも何度か交流会があったり、と現地文化に根付いた学習も特徴の一つです。
こんな環境ですので、本人も刺激をたくさん受けて、英語やドイツ語などの勉学はもちろん、生徒会やら部活やら全ての活動において頑張っているようです。一番びっくりしたのは、本人が、中学卒業時に帰国をせずに、友達と一緒にインター高校部に行くことも考えた時期があったことでした。(今はもう日本に戻ることを決めていますが、渡独当時はそんなことを考えるとは思ってなかっただけに、少し感動しました・・・)
最後に:子供に海外赴任に反対された際に取るべき行動
渡独後1年経った頃、長女に言われたことがあります。
- もしかしたらパパは期待しているかもしれないけど、私は大人になってもドイツに連れてこられたことを感謝なんてしないからね。
確かに子供の頃に親の転勤で海外に連れられて苦労した子も、最終的にはその経験を感謝するという話はよく聞きますよね。でも、僕が感謝されるかされないかは正直どっちでもいいかなと思っているんです。
それよりも、彼女は確実に違う価値観を持った人たちと出会い、新しい世界を経験している、新しい国での生活が日常になっている、という事実があるだけで良いのかな。そんな風に思っています。
例えば、バックグラウンドが全く異なる日本人学校の友達との出会い。
例えば、ドイツでも普通に公共交通機関を使って、毎日学校に通い、休日には友達とショッピングなど出歩くこと。
例えば「ドイツのXXはなんて不便なんだ、やっぱ日本は住みよい!」と当たり前のように比較していること。
例えば、オーストリアのインスブルックを訪れ欧州の美しい街並み・景観を観光に行っても「こういうのドイツで見飽きてるから」とあまり楽しんでもくれないこと。 etc.
もし海外赴任で子供に反対された場合に、僕からアドバイスできるとすれば、
- どうしても子供には見えていない世界があり、その溝はすぐには埋まらない
という大前提のもと
- 子供と正面から向き合って、どれだけ子供のことを大事に思い、将来を真剣に考えてこの信念に至っているのか、を諦めず伝える努力をする
- 一方で、チャレンジの期限を短く切ることで、子供の不安をミニマイズしてあげる
というのが良いかなと思っています。もちろん考え抜いた信念をお持ちの場合ですが。
以上、参考になれば幸いです。